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秩序的絵画
自閉症児の美術教育
自閉症の芸術観
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Cheng Ting Chen

Art Education for Autistic Children

秩序的絵画と実生活の関係 

1.作品中のに文字・数字についての表現

1)文字

文字と絵画は両方とも記録の為の符号である。 漢字は絵の様式から次第に変化し、大衆が長期にわたり使用したことによって一種の約束事のようになり、広く社会に認められたものである。それぞれのシンボルには意味があり音声を含む。

の中に表された文字は、絵の時間的空間的背景と系統を同時に暗示するものである。絵の中に文を加える目的はたとえばエジプトの壁画の文やイスラム教のモスク建築上の書道芸術などのように宗教の教義を宣伝することにあり、中国魏晋の絵に文字を加える目的は、物語を述べるためなどである。

しかし、自閉症児は高機能群であっても時間と空間という概念がなく、彼らが直感で使う。彼らの特徴の一つとして、言葉を文字通り受け取るということがある。

ある子供は絵を描く時、車だけを描こうとするので、「道路も描いて。」と指示すると、そのまま「道路」という文字を書いて済ませようとした。しかもそのようにする子供は一人だけではない。

彼らの使う文字の作用は所謂標識であり(例:人や昆虫の名前)、作品に文字を加える目的は、美感や生活の内容とは直接関係がないように思われる。標語文(例:「理想的男性は常に厨房で料理を作る!」や新型肺炎SARSが流行した時の「常に手洗い、常に笑顔!」)や、自分で創り出した言葉などを絵の中に取り入れたことで、新しいリズムや新しい発見、ユーモアなどを生み出す。それは宣伝用のポスターやコマーシャルデザインには昔から馴染みのある符号を借りて新意をつくりだすという概念と似ている。

 

2)数字

自閉症児が色の番号、ビルの階数、年代、距離などに興味をもつ。なぜそれらに興味を持って作品のテーマとするのか?なぜ色をテーマとして選ぶのかといえば、下記の文を見ると理解しやすいのだが、彼らの好む計算しやすい数字を使うことができるという理由からだ。以下は、16歳の高機能自閉症児A君の色と数字についての自述文である。自分で実験し、色の成分比率表を作ったのだ。

 

➀  僕は色彩が大好きだ。いろいろな色を調合するのに特別な心得がある。例えば、薄いハム色とアズキ色=黒+コーヒー+赤+ピンク色とか、アイボリー黄草の色=黄緑1の割合+黄色2の割合+白1の割合とか、草緑橙色=緑+橙色+黄緑色とか、黒土紫色=黒+紫コーヒーとか、銀灰土色=コーヒー1の割合+黒2の割合+白3の割合などである。

➁  色の調合について、僕が特に追求しているのは、精確な比率によって僕の好きな色彩を創りだすことだ。例えば橙色1/3+クリームアイボリー色3/2=アイボリースキンカラーとか、緑1/4+クリームアイボリー3/2=クリームアイボリーグリーンなどである。

    数字:僕は数字に装飾を加えて変化させるのが好きだ。数字にいろいろな容貌をもたせるのだ。数字は僕の生活に常に存在するものだが、僕の興味をとくにひくのは、CDの曲番や歌の番号、ビリヤードの番号、そして僕がもっているピーマンの数だ。

 

そして、十歳のB君のお母さんはBくんについて以下のように述べている

 

一人っ子、3、4才の頃は数字に関するあらゆるものを好む。

絵を始めた頃は、描くことに自信がなく、なかなか絵を描きはじめなかった。後に、母親が要らない紙に、数字を書かせるなどしたため、次第に様々な数字を書きはじめ、カラーペンに触れるようになりはじめると、数字以外のものでは様々な色彩に大変興味をもっていった。

現在、書店、文房具店に行き、クレヨンや絵の具を眺め、絵の具の番号を事細かに暗記したりすることを好む。家に帰ると、様々な色のものを一つ一つ番号順に並べ、パソコンソフトのペイントや様々なドローソフトを使って絵を描く。描く際にはたくさんの数字を、様々な色を使い分けて描く。クレヨンや絵の具など番号が少しでも違うものを見つけると、すぐに買いたくなり、家に持ち帰っては数字の順に並べていく。

その他、彼は遊びに行った土地土地(例えば九寨溝-中国の観光地)の地図や路線図や遊園地のアトラクションの番号が描かれた案内図などを描くことを好む。

 

このような拘りを持っているため、作品を作る時の色使いに応用したり、類推したりすることができない。そのかわりに、異なったスタイルの絵を生み出す。よいきっかけにもなる。

 

2.シンボルの模写

自閉症児は現代社会の共通の標記やコマーシャル商品など単一化或いは規格化され

たシンボルの図案に大変興味を持つ。その図案を絵の要素としてきちんと順番通りに並べたり、新しい規則を作って並べたりすることもある。(例:車のマーク・色の名前・アニメの主人公など。)

世界的に人の目をひくようなシンボルマークは大勢の人の共有の理解が含められているのだと主張する心理学者もいる。

普遍的となったシンボルマークは、人々に安心感を与える。なぜなら、他の人から特に説明されなくても、ある程度の理解を得られるからだ。(例:12星座表や国旗など。) これに反して、私人的なシンボルマークに対しては、自分がおろそかにされたような挫折感を感じる。

自閉症児慣れた環境の中で安心させることは大変重要となる。シンボルマークは彼らに安心感を与える種類に属する物である。それ故、彼らは普通の生活や日頃描いた絵に、様々なマークを識別して並べたり、それに関連して周辺の設備を作ったりすることに心を奪われ、その為に多くの時間を費やす。

 

シンボルマークは自閉症児が絵の論理を理解するに当たり、重要な手がかりや入り口になると考えられる。シンボルマークの複製は、現代の大量消費生活を暗示させ、大量生産や一般大衆に訴える文字や言葉を含むことにつながる。自閉症児の複製の繰り返しは、その後創作される作品に多くの関連性や影響を及ぼし、次第に自分特有の見方を表す場合も多く見られる。

 

3.実生活の可能性による創造力

自閉症児は想像の世界に入ることがなかなかできない。本物に近いことではなく想像力を発達させるごっこ遊びは彼らにとって難しい。自閉症児は絵の題目はよく日常生活の細かいところや真実みに拘る。美術教育において絵の内容を示す際に常に直面する困難のひとつは自閉症児の創造力は常に現実生活の上で存在する可能性があるかどうかに拘る。例えば教師がもし未来に空飛ぶ車ができたとしたらというテーマを与えると、「それは不可能なことだ。」と反論し、興味のない様子を示す。

それとは反対に、彼らは絵の内容に私達にとってはなおざりにされがちな日常的なテーマを取り上げることを好む。例えば、学校のクラスメートが先生から叱られる時などにめいめいの生徒が手を棒でたたかれる様子や、ラーメン、思春期に自分に生えたひげなどを題材にし、長時間夢中になって描くことなどが楽しくてたまらないといった様子なのだ。

 

十二歳のB君のお母さんはBくんについて以下のように述べている

 

➀  兄弟は、兄一人。本来言葉を話さない。ミニカーや恐竜などの玩具での一人遊び。長庚医院において、動作の模倣、模倣訓練を受ける。

➁  5才の時、すすんで図形を描いたり、円を描いたりするが、(いつも――するが、)持続時間は短く、自分で一つの作品を作り上げることができない。色の学習が早く、藍色ばかりを好む。

車に興味があり、ものの外観の判別には特に能力があり、車のエンブレムなど特に詳しい。そのため、彼を教えはじめた時には、様々な種類の自動車メーカーのものを描かせ、その形状や色の見分け方を教えた。駐車場に興味を持ち始め、家にあるCDやDVD、積み木、紙箱、本を使って様々なタイプの駐車場を作り、自分でメーカー名をつけた。

➃ 

郵便車両や汽車を描くことを好み、電車の百科辞典などを大量に閲覧したり、様々な電車の正面から見た絵を詳しく調べ、描いたり、その形に切り抜いて組み立てたりする。

➄  コンピューターゲームに夢中になり、その登場人物などを描きはじめる。

➅  自宅付近や、学校や銀行などの地図を描くことを好む。電車の路線図なども描く。

➆  バスを描くことを好み、中壢客運(台湾のバス会社名、中壢は地名)を偏って好む。新旧のバスの外観を描いたり、運転手の氏名を暗記したり、自分の部屋にバスの模型を飾ったりする。運転手を座らせ、集金用の箱、改札機、定期、路線変更標識、運転手番号、氏名、車内広告、駅名入り路線図など、すべて自分で製作する。

➇  人の名前の漢字を変えて遊ぶ、同級生の名前など。

➈  自分で、バス会社名を変えて絵に描く。

テレビで見た下着メーカーのCMが好きになり、最近では、下着のみを身につけた女性を描く。

ところが現実性といっても、自閉症児の視点は常に一定でらの快感原則に従っているようにみえる。しかもその視点は自分を中心として360度均等に、平等に先入観なく取り入れているように見える。自分の好きなことが世界の中心となり、他の物はその付属品に過ぎない。

11才のCさんは学校で交通安全というテーマで絵を描くようにという宿題を出されたとき、自分のお気に入りの犬を連れて道を渡り地下道に入ろうとしているという内容の絵を描いた。通常、標識や歩行者用の信号の赤や青の表示のところには人の姿が描かれているのであるが、彼女はそれをすべて犬にかきかえ、さらに「人行地下道」(註:日本語で「人用地下道」)という文字を「狗行地下道」(註:日本語で「犬用地下道」)と書き換えていた。

 

3)色・数字と実生活の関係

 

彼らが、数字をテーマとしたものに夢中になり新しい数字を開発することは生活上の楽しみとなる。一般人にとってそのような行為はつまらないどうでもよいことなのであるが、彼らにとっては重要なことなのである。例えば台風の時など、降雨量の数字の変化を図にして時間毎に記入したり、バスの車体の側面に表示されているバス会社の名前を自分の好きな会社名に変えたりすることなどをテーマに選び作品を作る。私達にとって彼らの行為は、平凡なものから意識的に芸術として認められる範囲というのは、どこまでであるのかを教えてくれる。16歳の高機能自閉症児A君以下のように述べている

 

 

➀  ビリヤード:ビリヤードは僕の娯楽の中でもたいへん重要な地位を占める。僕がビリヤードを愛する理由は、ビリヤードの球がそれぞれ違う色をもっていることや、数字が書いてあることだけでなく、それは球の一つ一つが決まった番号と色を持ち合わせていることにある。ビリヤードをするとき、これらの球たちがビリヤード台の上を転がって穴におちていくさまは、実に僕をドキドキさせる。

➁  ピーマン:これは僕が一番愛する食べ物だ。それぞれ違った色彩と光を放ち、僕の目と食欲をそそる。僕はこれまでに赤、橙、黄色、緑、紫、クリーム色と黄緑色のピーマンを食べたことがある。僕の最愛のプレゼントたちだ。

 

4.造形と実生活の関係

造形と実生活の関係についてA君は以下のように述べている。その内容によると、自閉症児は抽象的な造形要素には実生活の経験から想像するものであるということがわかる。

➀  色について、僕がクリームアイボリー色を使うと、耳が冷たくなるのを感じずにはいられない。(注:A君の耳はいつも赤らんでいるため、彼はそれを極端に嫌っている)。

➁    線においては、僕は直線と横線を溺愛している。なぜならこれらは“非常に平らな”直線で、平穏で安定した揺らぐことのないものだから。反対に曲線は、ガタガタとゆれるバスのようで、僕の頭もクラクラと眩暈がして、時には大鯰が動いて地震が起きたかのように感じ、気分を害する。

  形状においては、僕は円形と平行四辺形が好きだ。円形は丸くて滑らかで、尖った鋭角がないので、それに刺される危険もない。また、平行四辺形は二つの三角形に切り分けられ、この三角形はちょうどビリヤード台上の三角の枠組みのようである。